羽鳥さんからのコメント

中川あやさんのエスキス後思ったことがあるので書き込みます。
問題解決型か問題発見、提起型か。
すべての提案はこの両側面を多少なりとも持っていますが
前スタ初年度の覇者である寺沢さんの案は大筋では問題解決型提案です。ヒートアイランド問題というすでに意識されている問題に対してその解決方法を提案していく形式です。
その方法にある程度のリアリティがあり、シミュレーションによって確かさを証明でき、それに上手なドローイングあってこれが勝利の決め手でしたが、この形式が有利な点は問題を解く意義を説明する手間が省けるのと、マイナスからの出発なのでなにかアクションを提案した場合悪くなることがない。
ただし、今回の住宅提案の場合この問題解決型でいくと、本質的ではあるけれども非常に地味な提案になります。ここで革新的な提案がでることが理想ですが、これはプロでも見つけられていない。なので、前例主義的現実型提案となると、断熱、蓄熱、通風、ソーラーパネルエネファームなどと同じような提案になる。もっともここでもコアな部分で面白いことはあります。エンジニア萌えという状態にはなりますが、それをスタジオ課題という言わば社会の縮図状態(すこしちがいますが)の評価の土俵でやるにはどうかと。
これでいくと壁の断熱、ガラスの複層化のように次世代省エネ基準にするとか、ソーラーパネルをつけるなど既往の提案の組み合わせを考えることになる。それ以上のことをするとなると、途端にリアリティがなくなるという、プロでもいわゆる“建築的な提案”というものになりにくい。ヴィジュアルになりにくい話になります。
では問題発見、提起型の場合はどうかというと、問題に取り組む意義を認識し、テーマ化し、その問題の解決や提案の実現により、建築やひいては社会がどうよくなるのかを訴える必要があります。さらに評価を得ようとすれば、それが建築的に魅力的なものとして認識される必要がある。この建築的に魅力的というのは結局のところ見た目です。
これまでのメディアに載るような作家の作品というのは多くはこの部類に入ります。メディアに効果的なのはヴィジュアルなので、視覚的に良いものが良いとされてきました。
ル・コルビュジエのサボア邸が名作となったのは、当時視覚的に今までにないものであったのは間違いないですが、自動車がパーソナルなものになってきた時代であること、鉄筋コンクリートによる構法の革新とそれがもたらす、屋上庭園、自由な平面、自由なファサードなどありますが、それが明るく、快適な住環境を作り出し、パリなどにある邸宅にはない新時代のライフスタイルをもたらすであろうことを容易にイメージさせるヴィジュアルがあったからです。まあ細かく言えば他にもいろいろありますが。そして、深く読み取ると、その現代的な空間を社会に広めることが、身体にとっても科学的(当時の)に正しい、都市に緑地が増える。構造的にも強く、都市にフリースペースをもたらす。因習にとらわれた中世の建築に住むことがいかに問題なのかが見えてくる。という順序でしょう。
逆の順序で認識される場合はほとんどないのが現実です。
最近の物で言えば、妹島さんの梅林の家などは鉄板構造による住宅空間の視覚的変化、境界がないという単純なものではなく、境界はあるけれども鉄板よるこれまでの1/10くらいの薄さの境界が隣室や外部をより近くに感じさせ、人間関係や自然との関係をより親密にするというストーリーが今日的距離感を見事に表現している。この住宅をみることによって普段問題とも思わないことに気づくということが名作とされるところでしょう、温熱環境的には最悪でしょうけど、それでもそこに住む人が大切にそこに棲んでいるのは温熱環境のプライオリティが実は人間にとっては低いことを表しているのかも知れません。上記の空間的な提案があってなおかつ温熱環境が最適であれば言う事なしなのは明らかですが。
単純な研究ではなくスタジオ課題だとすると、こちらの提案方法がベターだと考えます。
まず、空間的に、ヴィジュアル的になにかを感じさせるものがあって、それが環境的に考えられているという順序です。ぱっと見て面白そうだと感じさせられなければ評価を得ることは出来ません。この課題に限らず、卒計もそうだし社会に出てからもそうです。魅力を感じさせられないものは仕分けられてしまうのです。クライアントに蓮舫的な方がいたらなおさらですww。また環境的にと言ったときに、人は周辺環境を視覚によって約8割を判断していると言われています。温熱感、気流感は残りの2割のうちに含まれるので、そういう意味でも妥当なのかもしれません。視覚が遮断される寝室、浴室などは温熱感、触覚優位といった変化はあるかもしれませんが、日本なんて気候的には世界的に見たら穏やかなのでとくにそうでしょう。構造的にはつらいですが。
では温熱環境、ひいては消費エネルギーという見えないものが問題化している現代において、古典的な建築家的提案で良いのか。というのが前スタ的提案、問題意識の置き所でしょう。ただし、フォトジェニックな空間以外のものは構造のFEM解析を視覚化した赤や緑のコンタ図や、温度や風を視覚化したサーモグラフィや気流解析による矢印などですが、これも結局は視覚化しないと人に伝えられない。早野さんが快適さを伝える(直接的な)メディアがないとおっしゃっていましたがまさにその通りで、結局のところいまはヴィジュアル化して伝えるしかない。それらのどれかでまずは面白いと思わせる図を一つだけでも良いのでつくる必要があります。
 月曜日に中川さんのエスキスをした際には、問題解決型提案とする場合の思考方法でエスキスしてしまったのですが、提起型の提案とすれば、特殊解として突き詰める方法もあります。ただしその場合は、風や温度差のことを考えて、住宅を変化させたとすると、それだけのためそんな操作をするというのに価値を見出せるかというと、それは論破しにくい。(日本のある範囲の地域は)穏やかだからこそ、積極的に外部を住宅化しようとか、そもそもの住宅よりもボリュームが少なくて済む。実際にコクヨの本社ではエコロジカルに働くために、気候がいい時期には屋外で仕事をし、照明電力削減やクリエイティビティの向上につなげていたりします。そしてそのための配置を“評価軸を仮定した上で”検証しよう。高低差を住宅に与えて、微妙な温度差を利用しきるとか、別荘に行った様な気になるとか。効果、意義を最大限考えつくす必要があります。
新しい住宅を提案する。→沢山の効果がある。さらに今日的であるなど社会性がある。→温熱環境、気流も検証されている。という順序のほうが客観的に受け取りやすいのではないかと思います。で、その検証の確かさを相対的に示せるように、気流、温度差を通常住宅や、フラットバージョン、高低差ありバージョンで検証するとすれば分かりやすいかと。
さらに、この気流の乏しい地域でも出来るので、多くの地域で採用できる形式であるという大きな話に結び付けられたら良いのではないでしょうか。
などと思いました。気づいたことがあったらブログに書き込むといっていたので。では今夜。

6/10(Thu)高瀬へのメールより